新宿混声合唱団の宮坂 信弘氏との奇遇な出会い
「柳河風俗詩」を聞いた青年は今・・・
去る5月27日 紀尾井ホールで開催された新宿混声合唱団の第40回記念定期演奏会を聴きに行きました。演奏会は予想以上にすばらしかった。さすが田中 登志生 先生が指揮(全曲)する合唱団だと思いました。特にまた印象に残ったのは田中先生が着用された燕尾服と男性団員のユニホームであるベージュのブレザーコートであります。
演奏会終了後、田中先生が異例の舞台挨拶を行いました。
40年の歴史ある新宿混声合唱団は自分が大学卒業後初めて指揮した時からのお付合いで非常に愛着があるという事に加え、同合唱団の創立者の一人である宮坂
信弘氏の功労を讃え、また自分が着用している燕尾服と男性団員のユニホームは「テーラーミヤサカ」が仕立てたものであることを紹介されました。
テーラーミヤサカは埼玉県和光市の我家から徒歩数分の所にある和光市内唯一のテーラー店であります。実は宮坂氏は我が上智大学グリークラブOBの私と同期の小林 洋三氏 (バリトン)の父上金之助氏宅に住込み修行した内弟子であり、小林氏とは家族の一員として同じ釜のメシを食った仲だったそうです。
約46年前宮坂氏は修行中に学生だった小林氏からチケットをもらい上智大学グリークラブの演奏会(当時、外山 浩爾先生が指揮者で日本青年館が演奏会場であった)を聴きに行き、その時聴いた「柳河風俗詩」に感銘を受け、当時たまたま新宿区に居住していた関係で区の合唱教室に通ったとのこと。新宿混声合唱団発足と同時に入団し、41年間同合唱団と共に歩んで来られたとのこと。このことを小林氏はずっと知らずに過ごし、実は昨年田中先生還暦の祝いが企画された時、企画参加各団の代表の集まりで贈り物の話が為され、贈呈する燕尾服の縫製を引受けた宮坂氏から小林氏との関係、いきさつ等を上智代表の 40年卒荻野 俶弘氏がお聞きしました。その内容を初めて知ることとなり小林氏もその奇縁に驚愕した由でした。
(小生も宮坂氏と丁度同じ頃、つまり大学一年生の時、大学の講堂での演奏会での「柳河風俗詩」の男声合唱に魅了され二年生からグリークラブに入団した経緯があります)
宮坂氏は10月8日 すみだトリフォニーホールで開催される上智大学グリークラブ 北村協一メモリアルコンサートで自分が仕立てた燕尾服を着用した田中先生が「柳河風俗詩」を指揮されるのを今から楽しみにしておられます。
また自分が青年時代に感銘を受けた外山先生の指揮による「柳河風俗詩」が48年目にして今度は田中先生の指揮によって演奏されることに考え深いものを感じておられます。
ミヤサカテーラーの隣合わせでブテック店を営まれている奥様も和光市に隣接する朝霞市内にある合唱団員なのでお二人で来場されることでしょう。
また宮坂氏は和光市内にある男性合唱団にも属しておられ、その合唱団でも「柳河風俗詩」にチャレンジしようとしているので団員の何人かに今回の演奏会を聴くように薦められておられるようです。
昨年 グリークラブOBの同期会の帰途、電車の中での雑談中に小林 洋三氏から実は
和光市に知合いがいるという話から始まり、最近は折に触れテーラーミヤサカに立寄り交流を続けています。和光市に約20年住んでいるのに宮坂氏を知らず、昨年奇遇な出会いとなった次第です。
上智大学グリークラブOB S37年経済学部卒
ベース 松井 和治